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みかんせい人 たなかともこ ちきゅうを歩く

常にみかんせい(未完成)は常に変われること、あれもこれもオモシロイ。

人生をコントロールするのは誰?

私達ってさ

考えて決めて動いてる

それは自分で決めてる って思ってるじゃない?

あ、私はそう思ってるのよ。

 

 

世の中では「感情に振り回されるな」って言うくらい

考える、ってことを とっても推奨するよね 笑

 

 

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簡単に言えば 事実だ

表向きには それは 

「人生の舵取りは自分がしている」

でもさ

その奥に 実はもうちょっとあってさ

 

 

考え(思考)って

単に自分のデータベースからの結果なわけ。

これまでの人生経験

本で読んだもの 聞いたもの

教わったもの 友達からのことば

全部データベースに入って

何かの時は「マインドグーグルさん」が

「自分のデータベースに基づいた」答をはじき出すの。

で、グーグルが決して

「この話題キライだからこっちにしよう」なんて選び方

してこないように

マインドグーグルさんも データから出すだけで

そこに「人間のホントの賢さ」があるとか

思慮深さがあるとか

「思いたい」のは私達の意識っていうだけ

 

f:id:Tomokotmk:20170429000628p:plain本来みんなばらばら。

 

だとするとね

考え(思考)が私達の選択を決めてる は

データが決めてる であって

その時そのときの情報や状況で

「私」が決めてるとは 言えないんだよね

ただ 自分のデータにのっとって決めてる

 

 

自分の人生の舵取りは自分でする。けど

本質は 自分であんまり舵取り(コントロール)できてないんだよね

 

 

となると

自分でコントロール出来る部分は「経験」になる。

どんな本を読むか

どんなヒトにあうか

どんなことをやってみるか

 

 

データが多ければ多いほど

一応「的確」なものがはじき出されるのだとしたら

「いや、(今までの私のデータ・経験から)それはあり得ない」という

選択をするのは

どれくらい賢いのか?ってね

 

 

実は 自分の認識だけかもだけど

私はデータが少なすぎるんだ

だから 突拍子もない といわれることを

敢えてするんだろう

でも 一応 いつも「考え(思考)」と格闘しているんだ

やってみなきゃ分からないって

 

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データを増やすと

結果 マインドグーグルさんが出す「考え(思考)」は

少しずつ 違うものが出来てくるから。

 

 

 

何が言いたかったかっていうと

自分の人生をコントロールしなきゃって

肩に力をいれるのは「ムダ」だし

コントロールするために「考えて」決定するのもムダ

ときどき「それでもこっちをやってみたい」がないと

本当の意味で

人生のコントロールは出来ないよね ってこと。

 

 

We never control our own life 

Our Idea/Thought does.

 

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マインドグーグルさんは 情報として

この花のひとつひとつと 全部の花、を持ってる

なんだったら後ろの芽吹いた木の枝の情報も

これから芽吹く枝のことも。

で、ここからはじき出されるものが

絶対に正しいなんて ないもん。

前提がちがったら

条件が違ったら

質問の言葉が違ったら

 

 

私の答はどこか一箇所の枝でも 花でもなく

それを映し出す美しい空 だったりするんだ。