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みかんせい人 たなかともこ ちきゅうを歩く

常にみかんせい(未完成)は常に変われること、あれもこれもオモシロイ。

夫婦でロスを歩きました(2)

↓のつづきね。

tomokotmk.hatenablog.com

 

 

会場のAratani Theatreは 880席ありますが

ほぼ満員。多分全席完売だったんじゃないかな。

 

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英語のパンフレットですが、

狂言のいろはから 歴史、表現法や

この柳井匡(ユニクロCEO)さんの寄付で動き始めた

日本文化研究と教育の会について、その功績について書かれています。

 

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能舞台だ!!!

 

狂言の基本的な表現や歴史についての野村萬斎さんのトーク

万作の会のみなさんのパフォーマンス付きで行われ

(これ、基礎知識の浅い日本人にもとても有り難かった!)

 

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30分の休憩時間には

希望者は五目チラシを買うコトができて

(5時スタートで8時半くらいにおわるんで、

確かに「ごはんどうしよっか」と話してました)

・・・しかも水のボトルつき6ドルという嬉しいお値段。

 

 

3つの有名な題目をやっていただいて、

オモシロイし さすが〜!の演技だし

かなり幸せなイベントでした。

 

 

で、その後(結構寒かったのもあり)

飲んべえ夫婦は ちらっと飲める場所を探して

リトルトーキョー(隣にあります)へ向かうも

どこもスゴイ人出でして。

土曜、というのと、シアターから流れた人というのと。

結局 少し行ったところの

「居酒屋」GAZENというところに

あれね、「酒」とかかれた灯りって

ちょっと抵抗し難い・・・笑

 

 

のだが。

お客さんの90%が日本語を話す日本人、というのが

もしかしてオイシイ?という期待を膨らませすぎたかもですが

んーーーちょっと物足りなかったかな。

おしゃれに、とか

ちょっと目先を変えて、ということでしょうけど

酒の肴に選んだ3品は

変わってるけど・・・他のをオーダーしても良かったかな?という感じ。

つまり、私達にとって「2度来なくてもいいかな?な店」だった。

 

 

アメリカだから

アメリカ人にもウケるように

在る食材を工夫して・・・

そういう気持ちはわかる。とっても。

 

 

でもねー。

「こんなもんで良いか」でこの味ですか?的な

妥協点がちがうところにあるような品々では

どうだろう・・・って思っちゃうんだよね。

どの1品を頼んでも「お?!」があってこそ・・・というのは

我が儘でしょうか。

 

 

これ、アメリカでの外食に ものすごく言えること。

流石に競争の激しい大都市(NYC、サンディエゴとか)だと 

おおお、ってのがあったけど

なんというか、中途半端。

外食で「オイシイ日本食はどこで?」ってよく聞かれるけど

日本食なら家でつくる、と

多くのひとが言う理由なんじゃないかなぁ・・・

あ、日本食に限らず

アメリカでは気をつけないとこういう事が多々ある。

(お昼に食べた「フライドチキン&ワッフル」とかね)

舌が肥えた人がおおいかどうか、ってのも

あるのかもしれない。

 

 

私達の当たりがわるいのか、と思ったけど

ヨーロッパではそんなことない。

ペルーとか、どこに行っても感激する旨さだった。

 

 

外食産業が一筋縄じゃないのはわかります。

でもお客さんの味覚を侮ったものって

残念ながら一発で分かる。

私達夫婦も40半ばをこえてきて(私はもうアラフィフだし)

どうせ旅をするなら 

その土地の美味しいモノを食べたい、と思う。

その土地で育ったものなら尚更いい。

でも それを満足させる「食事情報」って少ないよなぁ。

 

 

と、旅をする度に思うので

ちょっと辛口になろうがなんだろうが

これからはdine-outしたところは

正直に書いていこうかなと思う。

折角の地域情報だもんね。

 

 

夫婦でロスを歩きました

さて、土・日に夫婦で

ロスアンジェルスまで行ってきました。

え?「ロサンジェルス」?

どっちでもいーよ 笑 発音は後者だな。

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今回の目的は

UCLA早稲田大学JACCC(日米コミュニティ文化センター)主催の

狂言ナイト」。

教えて貰って 行きたいなと思ったので

オットに話したら 彼も行きたい、と。

それで(子供を置いて 笑)一泊二日でね。

なのでダウンタウン宿泊です。

 

 

最近再開発が進んで、大分治安もよくなったとか。

おしゃれなお店もぽつぽつと。

 

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この美しい紫の花をつけた木はなんだろう?

あちこちの街角で花盛り。

 

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ランチに入ったのはThe Artisan House.

地元野菜などを使ったレストランで

併設の小さなマーケットでは

お店のセレクションの食材が手に入ります。

loveandloathingla.com

 


私はクラシックタイプのエッグベネディクト

(まぁアメリカでは外しにくいメニュー)

オットは「フライドチキン&ワッフル」というのを

興味本位でオーダーし・・・・撃沈。爆笑

どんな驚くマリアージュをさせるソースが在るのかと思ったら

種も仕掛けもなんにもない「そのまま」の2品で 笑った。

ハウスビールが美味しかった。

 

 

ダウンタウンをがしがし歩いて(ヒールだったのに 汗)

一万歩くらいあるいて疲れたからホテルへ。

1時間くらいお昼寝して、JACCCのホールへ向かいます。

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こいのぼりがかかっています・・・・が

なぜか仙台の七夕で見るような飾りも・・・

ま。とにかく「子供の日」雰囲気はいっぱい。

 

 

つづく。

 

リビングに・・・・

気付いたらリビングに

目玉オヤジがいた・・・

 

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娘が「あれ、なに?」と指さし

私が「え?」と目玉オヤジに気付くのと

オットがヘンな顔で笑うのがほぼ同時。

 

 

・・・・オットはときどき

こういうの、作ってます・・・

 

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ベジータ様がはいっておられましてよ。

 

 

で。どこに置きましょうかね?

リビングはやだよ〜〜〜私は!笑

 

 

夫婦の会話

久しぶりの夫婦ふたり旅。2人で旅行かぁ、7年くらい前に京都に二泊三日した以来かなあ。


おそらく多くの日本人同士の夫婦がそうなんじゃないかと思うが、夫婦だけの会話なんて我が家、ほとんどない。あっても子供のことについてのバカ話。家の中でちょっと用事があるときも、下手するとチャットやテキストを送り合う夫婦だ。まともな会話だと、少なくとも我が家はかなりの確率でシリアスなこととなる。我が家の経済のこと、これからのそれぞれの仕事について、あるいは我慢しきれず到達してしまった、数年に一度の大げんか。。。

なので、変な話、そこそこ私がキンチョーしてます、はい。いま飛行機の隣の席で寝始めたオット。何考えてんのかなー、何も考えてないのかなー、飛行機降りたら、何しようかなぁ、オットは何がしたいのかなぁ(まぁ、「何にしようか」と話が宙ぶらりんのまま、街を歩くというコースになりそうだけど)。

オットは、話し始めたら面白いのだが、夫婦の気安さで黙ってることが多い。(人のこと、いえないけど)まぁ、たいして何も考えてないとき、あるいは考えているときはわかるので、そこを間違えて怒らすことはない(結婚して16年、多分あっても1〜2回)けれど、オトコには「何気ない、相槌打ってもらえればいい会話」など理解できない(らしい)。なので、大抵の妻は「唐突にどうでも良い話を始める」と夫に言われるんだろう。
仕方ないではないか、オトコとオンナの脳の作りの差らしいから。(そういうことを書いた文章をあちこちで読みながら、「何を根拠に、どんな証拠があって。。。」と密かにツッコミ入れる私。イヤなやつ。)確かにオンナは、ただ事象を共有して共感から連帯意識を育てる。そこにある目的は「この先が円滑に進むように」という漠然としたもの。これは多くのオトコにはわけわからならしい。うちのオットは「オチがあるならまだしも」という。えーと、私的には面白いから共有してみようと思うんですがね。私のような東北生まれ関東育ちには、大阪生まれ大阪育ちのあなたのハードルが高いっつうの。
話がすっ飛んだ。つまり、私がオットに話しかけるのは、そこそこ勇気も、「文章構築」もいるのだ。
あー、隣で(私の推測では)オーディブル(音声読本)聞いてるオットに、この場を和ます話をしたい。軽くて、ふふっと笑えて、「さらに2人で会話が続く」そんなアイスブレイクする小話でも出来ないものか。てか、なんで夫婦でこんなこと考えなきゃいけないんだ?私はエンターテイナーか。
アホくさ、私は私でぼーっとしよう。。。

そうやって、やっぱり我が夫婦は会話がない状態記録の更新をするのだ。あーあ。

ま。気楽なデートと考えればいいのに無駄にキンチョーしてうだうだ考えてる私がアホなのだがね。

デンバーのSakura Squareと日系人の歴史をみる

日系アメリカ人の方達は

当時の貧しい日本から

政府から勧められ

あるいは自ら「アメリカンドリーム」をつかみに

海外に出ていった方たちです。

当時の日本は本当に貧しくて

地方の家では長男以外は

自分の生きる術は自分で探さなければいけなかった。

 

 

海を渡って

理不尽な《人権を認められない》場所にあっても

真面目に一生懸命働いた人達。

勤勉さで成功を勝ち取ったのに

時代の波(と言うことにしておきます)で

財産は全て没収され 更に人権侵害を受けた人達。

戦争で敵味方になった祖国とその時の母国との間で

想像するのもおそろしいほどの苦しみを味わった人達。

家族が よかれと思った小さな意見の食い違いに引き裂かれ

家族や同胞のために亡くなったひとや

「ひと」として扱ってもらえなかった傷を抱えてしまった人や

もっというと

祖国から裏切り者扱いどころか

「忘れ去られた」人達です。

 

 

 

その辛い時代を乗り越えながら

西海岸地区の各都市の一等地には

日本人街が存在していました。

デンバーのサクラ・スクエアという1ブロックも

そういうところ。

 

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食料品店がありました。

沢山の日系のビジネスのちらしが貼ってあります。

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店員さんを一人捕まえて SLCから来たこと

SLCの日本人街をのこすために動いているグループに属していること

デンバーの日本人街のことを知りたいことを話し

だれか少しお話できませんか?と聞いたら

店長さんを呼んできてくれました。

 

 

このサクラスクエアをつくったひとのお孫さん。

1944年にお爺さんがここを始めたのだそう。

もちろん もっと小さい規模で。

その後 沢山の日系の人の力をあわせて

1ブロックを このエリアの日本人街として残そうと尽力されたのだとか。

 

 

その年代をきいただけで

どんな苦労があったか 全部は分からずとも理解出来ます。

しかもお爺さんは

Tule Lake(トゥーリーレイク、強制収容施設の1つ)に送られていて

お父さんは Amache(アマチ、コロラドにあった強制収容施設)だったと

別項で書けたら書きますが

Tule Lake収容施設というのは

一番監視も(入っていた人の言ではときに拷問も)厳しかったところ

この家族になにがあったのかは

推して知るべし・・・です。

 

 

彼女の話を聞いて(彼女もデンバーで私の様な地区保全に関わっていた)

勇気づけられたし inspireもされました。

 

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一等地に駐車場を確保しているサクラスクエア。

日本ではそういう規制はないかもしれませんが

商用施設には一定数の駐車場がないと

アメリカは施設運営が認められません。

(私はこれって、逆に日系社会の強みになると信じているんだけれど)

 

 

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ラルフ・カー元州知事。Wikiに飛びます。

彼の信念と英断に日本政府は感謝を示し

デンバーに領事館をおき

中西部の中心都市として日系企業進出も推したと聞きます。

背部には日本語での記載もあります。

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なんと、日系人の「英雄」Min Yasuiの胸像!

日系人社会には人権を守るために戦った法曹界の方々がいます。

彼もその一人。

その他 フレッド・コレマツ氏なんて、

ハワイ、カリフォルニア、ユタなどで

彼の名前を冠した記念日がありますよ。

 

 

 

真ん中の行がよめなかったけど

Believer in Truth (真実を信じるものたち)と

Freedom is Fragile (自由は脆いもの)という題名がついています。

 

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小さいながらよく手入れがされた庭園を持ち

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松と庭石と石灯籠が

彼らの現したかった日本の心なんだろうなあ。

 

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周りの高層ビルとの調和を考えながら植栽されている感じです。

 

 

 

私は色々な経緯で

日系アメリカ人のかたの歴史と今にいたるところ、というのを

多分他の方よりは(もしかすると多くの日系人よりも)知っていますが

日本の方に知って欲しいなぁ。

日本だって・・・戦後おなじ人権侵害を

受けた可能性はあったんです。

それを食い止めたのは昭和天皇陛下や

そのとき日本の文化に敬意をしめしてくれた

多くのアメリカ人たち。

 

 

重く深い歴史だけれど

私達は歴史の積み上がった上に生きている

いつもそう思うんです。

日々 子育てでつい そんなことに

目を向けたり心を傾けたりすることはおろそかになるけれど

知って欲しいな。

心のよりどころだった国から見捨てられたひとたち。

遠慮して 日本人に訴えかけることをしない人達。

一時的にアメリカに住んでいる私みたいな人間が

どうして社会で受け入れられ

優しくしてもらえるかの土台がどこにあったのか

日本人、恩義をわすれていいんだろうか。

国籍が違ったから関係無い って本当だろうか。

第三国に手を差し伸べる国が

関わりの深い国にいる彼らの

modestyで現さない 日本への敬意と愛を

そのまま流して良いんだろうか。

 

 

個人的にであっても

なんとか手伝いたいって思う理由なんです。

 

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